「四方山話」 其の四
1.気と血について
2.老婆心・独語
□■□ 気と血について □■□
気と血について、気は大気、天気など自然界における気の概念から出たものです。
気(氣)とは、米を炊く時に出来る湯気(水蒸気)で、釜の中につまる、いっぱいになり立ち登る、それを送る意味があります。 ですから気とは、目に見えず形もなく体の中を駆け巡っているものです。 病気になれば気は停滞したり、少なくなったり、体の一部にだけ急激に 増加したり、体の中を早く駆け巡ったり、遅く動いたりします。
水も血も気の支配を受けて動かされています。 だから気に滞りがあれば、血も水も停滞します。
「病は気から」「気を病む」 これを気毒といい、病気は正常の気(正気)が病邪(邪気)によって、 おかされた状態であるとされています。
今日の生理学では、気を電気的エネルギーとしています。 血は血液ばかりでなく、リンパ液、組織液を含めた体液を総称したものです。 気はこの体液の運行を司っています。
先天の気は、生命現象の根源となり、やがて血を生じ、さらに後天の気となって 呼吸、循環、消化、排泄作用などによって、生命維持のための基本的新陳代謝を司り、一方種々の調節作用、防衛作用を主として病患から守っています。
このように気と血は、相互に協調して一体となって働き、不即不離状態で 進行しています。 「血・気」は「栄・衛」という別な表現がなされています。
栄養、生体現象(営み)及び免疫作用などを含んだ防衛反応を意味しています。 「栄・衛」とは生体現象の根源であって天から授けられた霊気であり、一方では飲食物の気から分かれて、清いものが「栄」で、濁ったものが「衛」です。
栄が血であって、衛が気であり、栄の血は脉中(脉管内)を行き、衛の気は 脉外(脉管外循環)を行きます。 血気(栄衛)が生体の基本であるという思想は、さらに体内をくまなく 行きわたっている経脉というルートを順行して生体現象が成り立っています。
□■□ 老婆心独語 □■□
【 大小合わせ持ち中となす 】
人は大胆であると同時に小心でありたいと思います。なぜならば、度胸が大きくなれば艱難に遭遇したり、思わぬ禍いに合った 場合にくじけてしまいます。 細心でないと物事に注意がいきとどかず失敗することが多々あります。
大小を兼ね備えると、知識は広く円満であり、行いは真面目で廉直となると 孫思バク(そしばく)は述べています。 このように中国の考え方には超越・妥協よりも「同化」させる思想があります。
すなわち、共存共栄して行く考えこそ同化の奥義とされ、天と地があればこそ 人が生かされているのです。
贅を捨て氷蘗こそ智勇なり
*氷蘗(ひょうはく)=木の名できはだ。氷を飲み、きはだを食べるような清く貧しい生活のこと。